著者プロフィールと起業までの物語

初めまして。織田といいます。

当ブログにお越しいただき、
ありがとうございます。


今日は僕の簡単なプロフィールと
起業するまでの物語をお話しますね。

24才の時に起業し。
副業から個人事業主を経て、
現在は起業して5年目です。


2019年現在、29歳です。

ここ3年の年収は約2000万円を超えました。


僕は今、関東の田舎で
ネットビジネスで
(ネット上で商品を売って)
生計を立てています。



実店舗ではカメラ屋と、
民泊も経営しています。
(スタッフは8名います)



休みたいときに休むし、仕事は楽しいし、
趣味は充実してるし、
圧倒的自由な生活
を送っています。


箇条書きで僕の日常を紹介します。

✅ 朝は起きたい時間に起きる
✅ どこも空いてる平日にお出かけをする
✅ ビジネスを学んだ師匠や仲間と
昼間からひたすら飲み明かす (二日酔いに苦しむ)
✅ 値札を見ないで買い物をする
✅ 関東の田舎でのんびりと暮らしている
✅ クレジットカードでポイント生活。
マイルは世界2周できるくらい余ってます(笑)
✅ 妻は専業主婦、両親に仕送りと豊かな家族生活




20代で年収2000万円!なんて聞くと
ちょっとすごそうですが
元々は自己肯定感がめちゃめちゃ低く、
コンプレックスの塊でした。


自分に全く自信の持てない人生を
送ってきました。

働きたくないので、
ニートをしていた時期もあります。

食べるものにも困るほどに
お金がなかった時もあります。


ニートになった理由も、
初就職の飲食店で、
あまりのきつさに

たった9ヶ月で
新卒採用の会社を辞める

という暴挙。

仕事ができないくせに
愚痴と文句ばかりは一人前でした。

人見知りなくせに、
人にはよく見られたいので、
見栄と去勢をはってばかり。

そしてお金がないということも手伝って、
どんどん卑屈になっていきました。


仕事もなくニートになり、
卑屈になっていくと人間は

・外出しなくなる
・ストレスで暴飲暴食
・人に八つ当たりをする

と、かなり性格も歪んでいきました。笑


そんな中、

「自分の人生ってなんなんだろう?
こんなはずではなかったのに。」

という思いがついに爆発し、
「自分の力で稼ぐ!」
と本気で努力をはじめました。


結果、昔の僕では考えられないような、
自由な生活を手にしました。

このブログの目的は、
ビジネス迷子を無くし、
ビジネスを楽しみ、
本当に自由な人生の掴み方を
あなたにお伝えすることです。



僕は、人間の豊かさは5つの要素で
成り立っていると定義しています。

豊かな人生を送るための5つの要素
・お金
・時間
・人間関係
・健康
・生きがい

この5つの要素で
最適値が取れていることが必要です。
どれか一つではありません。

例えば、
365日が自由な時間であっても、
貧乏でお金を使えず、心を許せる友人もいなくて、
病気で歩くのもままならない。


これは豊かな人生とは呼べません。
いくら自由でもこれは不自由ですよね。


また最適値とは、自分に必要な形なので、
人間関係と一口にいっても、
深く数人と付き合っていくのが
理想の人間関係の人もいるし、
知り合いがたくさんいるのが幸せ
という人もいるかもしれません。


・お金
・時間
・人間関係
・健康
・生きがい

この5つの要素の自分にとってのバランスを
取れることが重要です。


しかし、気をつけなければいけないのは
優先順位があるということです。

一番優先順位が高いのはお金です。

なぜなら、お金が前提で
他の4つの要素を手に入れやすくなるからです。

お金で時間を買うことができる。

お金があれば、
時間を短縮する行動をすることができます。

新幹線に乗る、
飛行機に乗る、
家事代行を雇うetc…

などですね。時間の方が大事だ!っていう方もいますが、
お金なければ、何もできないのが資本主義。

娯楽にもお金はかかりますし、
生活するにもお金はかかります。


人間関係を選ぶことができる。

会社で嫌な上司がいる。
自分勝手なお客さんがいる。

けど、我慢しなければいけない。

なぜなら、会社を辞めると
生活するお金を稼げなくなるから。


もし、お金に困らなければ、
さっさと会社をやめて、
自分の趣味のサークルとかに通ったら、
もっといい人間関係を作ることもできますね。


お金があれば、
人間関係を構築する場所を選ぶことができます。


健康の維持にはお金がかかる。

健康の基本は食と運動です。

食費を抑えようと思うと、
カップラーメンやハンバーガー、
食パンやスナック菓子など、
ジャンクな食材になります。

昔の僕はまさにこうでした。


「コスパ考えるとカップ麺最強!
 汁まで飲み干すぜ!」

と思っていました。笑

オーガニックの食材は高いですね。
健康にも、やっぱりお金がかかります。


生きがいにもお金がかかる。

例えば、
僕は今生きがいの要素としては、
父と一緒にDIYで古民家を改装して、
カフェを作るってことをやっています。


内装屋に頼むよりも安いですが、
材料費もタダじゃない。

もちろん、
趣味でやっているので、
その間に給料が発生するわけではないです。


生きがいにも
やっぱりお金がかかるんです。


豊かな生活の構成要素は5つのバランス。
これは確信を持って言えますが、
けれど事実として

人生において
お金の優先順位は高い。


ということを理解する必要があります。

今の社会は資本主義だから。

たまに、人生はお金じゃない!
なんていう人もいますが、
僕らは資本主義というゲームに参加してます。


だって、もし、

あなたの大切な人が病気にかかったら?

あなたの両親の介護費用は?

あなたの老後の生活は?

あなたの子供がやりたいことがあったら?

人生金じゃない?

いやいや、違います。

人生、金だけじゃない。


お金は、大事なんです。
自分の大事な人を守るために。



自分が本当に好きなことだけをやって
生きていくために。

僕はビジネスを全くの0から学んで、
今はある程度まとまったお金を稼げるようになって、
お金の重要性を学びました。


そして、学校でも、職場でも、両親も、

お金の重要性と、
豊かに生きるための5つの要素を
誰も教えてくれませんでした。


ありがたいことに、
僕は今、とても豊かに幸せに暮らしています。


昔の僕のように人生に絶望し、
将来に希望も持てず、
ただ何をやっていいのかわからず
真っ暗のトンネルを歩いているあなたに

本当の豊かな人生を送る方法を伝えたい。

と思いこうしてブログを書いています。


そして、僕がこのような活動をする上で、
僕のリアルな物語を
あなたに知っておいてほしいと思います。


そのほうが僕という人間を知ってもらえるし、
話の内容も入りやすいと思うからです。

赤裸々に書くので
とても恥ずかしいですが
僕の物語を共有させてください。



ーーー織田の物語ーーー



僕はめちゃめちゃ人見知りでした。
人見知りというか、コミュ障です。

小学生〜コミュ障をこじらせ不登校〜

小学校。
僕はコミュニケーションが
生来苦手でした。

友達と話していても、
うまく馴染めず、
なぜか友達が
離れていってしまう。


ちょっかいを出されても
(太っていたのもあるかもしれません)
友達は遊びのつもりかもしれませんが、
結局ぼくが本気になってしまい、
喧嘩ばかり。


それもあり、
学校生活がうまくいかず、
小学校二年生から不登校になりました。


正直、この辺りの記憶は
定かではありません。



人間は

本当に嫌な記憶を消去する

と聞いたことがあります。


とにかく、
みんなと仲良くなりたのに、
友達ができない。


という状態でした。
この辺りから、
卑屈さが自分の中にできました。


その体験もあってか、

自分は基本的には人から好かれない

という意識が染み付きました。

「あの人にいやなこと言っちゃったな」

「なんであんなことしてしまったんだ」
「絶対嫌われた」


と布団の中で悶えることが
よくありました。


中学校〜自分を変えたかったが、時すでに遅し〜

中学校。
そんな自分を変えたくて、入ったのは
イケイケの男子が入るバスケ部です。

けど、イケてる中に入ろうが、
結局は人間の本質は変わらないですよね。


小学校時代から友達との
関係性は下手くそですし、
ほとんど人と話すこともしなかったせいか、

女子の名前を呼べない

という訳のわからない
コミュ障を発揮しました。


なぜか、女子の名前を呼ぶことが
恥ずかしくて恥ずかしく
てできなかったんです。


名前を呼べないから
その子に用事があっても

「ねぇ」

としか話しかけれません。


話かけられた女の子も
自分のことかわからないので、
気づいてくれない、みたいな。

もちろん、学校生活にも支障はありました。


けど、どれだけ
頑張っても女子の
名前が呼べませんでした。



今書いていても、
恥ずかしすぎてのたうちまわりたくなるほど
中学校はいい思い出がありません。


本当に思い出したくない思い出です。


とにかく、コミュ障を訳のわからない方向に
こじらせてしまったようです。


変わらないのは、

僕は人には好かれない

という思いが呪縛のように強化されました。


高校時代〜自分を変えたい〜

高校時代。
まったくうまくいかない学校生活。

高校デビューという言葉があるように、
学校が変われば、自分が変われる!
と思い、高校では思い切り
明るいキャラを頑張って演じてみました。


けれど、結局はコミュ障。


から回ったテンション高い、
変なやつって感じです。



たまにいる頑張っちゃってるやついますよね。
なんとなくわかります?


本当に僕の人生を振り返ると、

人間関係が下手すぎる

という一言に改めて尽きますね。


とにかく周りの
友達が羨ましかったです。

普通に友達と遊び、
普通に彼女をつくり、
普通に部活をして、
普通に勉強ができる。


僕は、何一つとしてまともにできないのに。


この頃から

劣等感

が僕を縛る呪縛の一つに追加されました。


みんなと同じように普通になりたくて、
けど、その頃の僕には自分が変わるということが
上手にできず、全てを周りの責任に転嫁しました。


「環境さえ変えれば、うまくいくはずだ。」

そして、高校を一年で辞め、
海外留学を決意しました。


留学生活〜ホームステイ生活で鬱病に〜

留学時代。

今から思えば、
日本の学校環境のせいにして
行った海外留学。


そもそもの原因は
コミュニケーションができない僕なのに、
うまくいくはずもありません。


日本語でもうまくコミュニケーションが
取れないやつが、
英語でコミュニケーションなんて、
できるはずもない。


ホストファミリーはいい人だったけど、
その優しさにお返しすることができず、
得意のコミュ障も発揮して、
変な方向に膨大な気を使い始めます。


病院に行っていないので
確定ではありませんが、
あの頃の僕は確実に鬱病でした。


何をするにもホストファミリーが
どう思うかが気になってしまい、

「トイレに行くのも水道代がもったいない」
「ホストファミリーの迷惑になってしまう」

と我慢するようになりました。


今思えば、
全く方向性の違う気の使い方です。


この頃の僕のコミュニケーションは

相手に嫌われたくない

が基本だったので、
それはうまく行くはずもないですね。


コミュニケーションの本質は

自分が相手のために何ができるのか

なんだから。


辛いことが99%の留学生活だったけど、
唯一良かったのは
英語を本気で勉強したことです。


高校卒業時の
TOEICテストでは880点をとり、
留学生の中ではトップでした。


他にできることがなかったので、
唯一の拠り所が英語の勉強でした。


英語もできないまま帰国したら、
なんのために留学にきたのか、
本当に無意味な三年間になると思ったので
死ぬ気で勉強しました。


僕の中の生まれて
初めての成功体験でした。


専門学校〜本気でバイト〜

専門学校時代。
この頃から起業の夢が出てきました。


おそらく、過去の劣等感を
払拭するためでしょう。


留学での小さな成功体験から、
ちょっと自信もついたのか。

「起業するなら、飲食でしょ。」

と思い立って、料理の専門学校に入りました。


専門学校が終わったら
イタリアンにバイトに行って、
料理を作らせたりしてもらってました。


この頃が一番楽しかったかな。


将来の自分に向かって、
全力で向かっていけている気がしたから。


しかし、
それも長くは続かなかったんですけど。


飲食修行時代〜9ヶ月で辞める〜

初就職。
将来の独立のために希望に燃えて修行に入った
飲食店。地元の高級なレストランです。


しかし、読みが甘かった。

8時に出勤し、仕事が終わるのは早くて22時。


仕込みも毎日詰まっていて、
休憩が取れない日もありました。
休みは週休1日。


そして、料理の業界なので、
昔ながらの職人気質。

怒られ、怒鳴られ、
上司の機嫌を伺う毎日。


初めは将来のためだ!とワクワクしながら
働いていましたが、

なんのために働いてるんだっけ?

と全くわからなくなりました。


一生懸命やってはいたのですが、
その方向が、上司に怒られないため、
という間違えた方向性で
一生懸命努力していました。

ずっと上司の顔色を伺いながら、
ビクビクしながらの毎日です。


これも、僕の悪い癖ですね。
人に嫌われたくないという悪癖は、
仕事のクオリティにも影響します。


頑張っても頑張っても認めらませんでした。
仕事内容もハードです。

毎日毎日、
仕事のために朝6時に起きて、

怒涛のランチタイムが終わったら
15分くらいの休憩でまかないを
かきこんで食べて、

22時に仕事が終わったら、
晩ごはんのために
半額になったお惣菜をめがけて
スーパーに立ち寄り、

お金がないから発泡酒を買い、
「明日仕事行きたくない。
なんのために生きてるんだっけ?」
と思いながら酔っ払って寝て



「死にてぇ」
と思いながら出勤する。

貴重な休みの日も疲れ果ててるので、
ぐったり寝て1日が終わる。


なんのために生きてるんだろう?

という毎日でした。


そんなときです。
インターネットで記事を見ました。

その頃はネットビジネスの全盛期で

ネットビジネスで不労所得!
「一日ワンクリックで月収100万円!」

みたいなブログが乱立していた時期です。


胸が、踊りました。

不労所得?働かないでもお金がもらえる?
僕は毎日14時間も働いて、
手取り14万円なのに?

やり方は全くわからなかったけど、
希望だけは点りました。


そして、今までは我慢できていた
価値観も崩壊しました。


夢のために身を粉にして働いていたのが
まったく逆の人生を送っている人が
いることを知りました。


そんな世界を知り、
ついに爆発しました。


「もう限界です。辞めます」

初就職はたったの9ヶ月で
退職しました。

目標は、ネットビジネスで稼ぐこと。
これが暗黒時代の始まりです。

ニート・フリーター時代


考えなしに退職をして、ニートになりました。
ブログで稼ぐ!と思い立ったものの、もちろん、
ど初心者。


なけなしのお金で教材を買って、
いざ自由の道へ!と
ブログを書き始めました。


結果、



3記事書いて、挫折しました。


意気揚々と取り組んだものの、
そのころのぼくは
ポンコツそのもの。

うまくいくはずもありません。

そして、仕事もないので、
ご飯を食べるお金もありません。

本当に困ったのは
クレジットカードの支払いです。



その頃クレジットカードを
使い始めたばかりだったので、
支払いが来月に来ることを
わかっていませんでした。

信じられないでしょ?
でも、本当の話です。

突如支払いが来て、
口座から引き落としが起きて、
目を疑いました。


えっ!お金が減ってる!!!なんで?

冷や汗が溢れました。

来月、2万円しかない・・・。

とはいえ、ないものはないので
どうにか2万円で生活することにしました。

本気で、白米が買えませんでした。

お腹が空くと人間は荒んでいきます。

人を傷つけるモノが三つある。
悩み、いさかい、空の財布。
中でも空の財布が最悪だ。
ユダヤのことわざ

この頃はマジで性格が悪かったです。


常にイライラしているし、
何やっても焦燥感しかないし、
お腹は空くし(笑)


お金の必要性をを心の底から、実感しました。

そして同時に思いました。

どうしてこんなに思い通りにならないんだ?

人生はどうしてこんなにも理不尽なんだ?

みんな、楽しそうにしてるのに!

なんで俺だけこんな目にあうんだ!

完全にクソニートですね。
全部周りの責任だと思い込み、
世の中を憎んでいました。

あまりにもお金がなかったので、
このままでは生活ができません。



バイトを4つ掛け持ちして、
フリーターをやりつつ、
とりあえず就職をすることにしました。

派遣社員〜諦められない不労所得〜

再就職。
掛け持ちしていたバイト先から声をかけてもらい、
英会話教室の事務職員の
契約社員になりました。

手取りは18万円ほど。
僕にとっては普通にご飯が食べられるだけで
十分でした。

「今回こそはこの職場でうまくやりたい」

と思って本気で仕事に取り組みました。

前に働いていた飲食店に比べれば、
労働時間は短いし、週に二回は休めるし、
身体的には全然楽でした。

飲食店を経験してよかったことは、
あれほど、きつい仕事はほとんどないので、
どんな仕事もだいたい
耐えられるようになったことですね(笑)

上司は尊敬できるし、
同僚とも仲良くしていたし、
お客様も良い方ばかり。

僕が基本的にポンコツなことを除けば、
割と楽しく働いていました。

しかし、インターネットをみれば

時間もお金も自由になっている人たちがいます。

やっぱり諦められない。

東京にさえいけば、きっとどうにかなるはずだ。

わけのわからない思い込みのまま、

200万円の借金をして、
東京に行くことを決意しました。


僕は凡人でバカだったけど、
行動力だけはあるタイプのバカでした。笑

上京〜師匠との出会い〜

上京。
目的は、とにかく
起業して、時間とお金を手に入れること。

しかし、そもそもお金がありません。
両親から200万円の借金をしました。

上京してあっという間に3ヶ月。
東京は田舎者の僕には
とんでもなく刺激的です。

借金したお金はどんどん減っていきます。

・セミナーに参加したり
・異業種交流会に行ってみたり
・色んな人ととりあえずあってみたり

していると、お金がじゃぶじゃぶなくなります。

このままだと、まずい。


お金も底をつき、
あと3ヶ月で実家に帰らなければ
いけない状態になりました。


それ以前に、
結果を出さずに帰れるはずかない。

就職して、
日銭を稼がなければいけない。

最後のチャンスだからと約束でお金を借りたので、
とにかく手段を探さないと。

人生を賭けて出てきた東京。

そして、師匠の講習に申し込みました。
これが、僕の人生を変える出会いになります。

初めましてから、カフェに移動する、
出会って1分で、その人は言いました。

人生とはDiscover、発見です。
Dis(はずす)Cover(カバー)、
自分のカバーを取り外していくのが、
人生なんですよ。

あ、この人についていこう、と確信しました。


結果としてこの直感は、
めちゃめちゃ正しかったんですけど。

ビジネスを体系的に学べば、
どんなビジネスでも成功できる。

師匠と出会い、
ネットビジネスを開始。


とにかく

師匠からビジネスの法則

を学びまくる毎日でした。

それからは順調に利益を伸ばし、
(ネットビジネス開始から9ヶ月めで月収100万円突破)
それまでとは考えられないほど、
自由な生活になりました。


ブログをワクワクして読む側だった僕が、
「9ヶ月で月収100万円突破しました!」
みたいな記事を書く側になっていました。


自分でも信じられませんでした。

こういう話を疑う人もいます。


「あーでたでた、
凡人がいきなり師匠と出会って
人生変わるやつね」

みたいな。


気持ちはわかる。笑
僕から見ても怪しいから。


けど、事実を書くとこうなるから
仕方ないですよね。笑


疑う人は多いけど、
僕とその人と僕が違うのは、
僕は信じたことです。

自分は信じられなかったけど
師匠を信じきりました。



師匠のブログを読んで、
この人なら信頼できそうだと思って、
実際に会って、話してみて、
信じて、行動しました。


師匠が教えてくれた
「ビジネスの法則」を信じました。

おかげで、今は本当に
豊かな生活を送っています。

紆余曲折も試行錯誤も、辛い経験もあったけど、
僕は今、とても幸せです。

————-織田の物語終わり—————-


改めて、ブログコンセプトのおさらい

僕のブログでは、
豊かな人生を掴むために必要なのは5つの要素。

・お金
・時間
・人間関係
・健康
・生きがい

しかし、まずは一番優先順位をおくべきなのは、
お金です。

お金は、他の4つの要素を埋めるために、
必要不可欠なツールだから。

この考え方をベースにしてお読みいただけると、
僕の考え方を、より理解していただけると思います。


こうしてたまに僕のお話をすると、

[織田さんは、言ったって、
もともとできる人だったんでしょ?]

と思う方がいらっしゃいます。


僕の答えは、すでにお伝えした通り。


まさか(笑)そんな風に生まれたかったよ(笑)


僕のポンコツぶりに、
上司も怒るのを通り越して、
呆れ果てて、怒られなくなったくらいだから。


そして、コミュ障で人間関係が大の苦手な僕でも
成功できるのが、
インターネットを使ったビジネスです。


今この世界ではネットを
使った仕事はほとんどないほど、
ネットを使った仕事は浸透しています。

しかし、本当のネット使い方を
知っている人はほとんどいません。

僕がここまでやってこれたのは、
「ビジネスの法則」を教えてもらったから。


法則というのは、絶対不変のものだから、
法則とよばれます。

重力もニュートンの法則。
フレミング左手の法則。
ユダヤの法則。

つまり、

法則を知れば、
ビジネスにおいて失敗なんて、
ありえない。


そして、それを可能にするのが、
正しい知識です。


法則を一から見つけるのは、
とてもとても難しいことです。
それができたらノーベル賞ものです。


それはなかなかに難易度が高いですね。
けれど、法則は学ぶことができる。

あなたは、僕らは、
これまでビジネスの法則なんて
知らなかっただけです。

なぜなら、それはあなたのせいではなく、
戦後、日本ではビジネスの
教育をしなくなりました。

もともとは家業や農業など、
自分でビジネスをするのが
当たり前だったのに、
サラリーマン大国になりました。


だから、誰もビジネスを教えられなりました。

全てはお金やビジネスの教育が一切ない、
教育システムのせいなんです。



僕のメルマガでは、より掘り下げて、

・お金
・時間
・人間関係
・健康
・生きがい

をベースにした本当の意味での
ビジネスの法則、そして、
豊かな人生の掴み方を発信しています。


ビジネスで何をすればいいのかわからない、
どうすればいいのかわからない、
すでにビジネスを始めているけど、
日々が不安で不安で仕方がない

という方。


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ABOUTこの記事をかいた人

織田 関東の地方在住。24才まで不労所得を求め、ネットワークビジネス、ブログ、アフィリエイトに挑戦するも見事に挫折し、迷走。2014年に現在の師匠と出会い、カメラせどり開始。9ヶ月目で月収100万円を突破。現在は株式会社を立ち上げ年収は2000万円ほどまでになりました。 このブログの理念は「ビジネス迷子をなくすこと」様々なビジネスに取り組んだ観点から、[マーケティングと自動化]を軸にしたカメラせどりについての情報を発信しています。